薄暗い鍛冶小屋の片隅、火床(ほど)と呼ばれる炉にあかあかと火がおこる。赤く熱した鉄を炉から取り出し、火花や水蒸気を飛び散らせながら、ハンマーで的確な打撃を与えると、再び炉に戻す。単調とも見える一連の作業の繰り返しが、次第に鉄の塊を、機能美あふれる個性豊かな「道具」へと変えていく。
自分たちは「鉄の産婆」だ、と言った鍛冶屋がいる。静と動が共存する彼らの仕事場には確かに、ものが生み出される現場の神秘的な雰囲気が漂っている。
鍛冶屋の作る道具は、基本的にオーダーメイドだ。鉈(なた)1丁、鍬(くわ)1丁を作るにも、土地ごとの土質や植生、さらに注文主の体格や手の大きさ、腕っぷしの強さまでも見定める職人の仕事がものを言う。日々の営みを支える道具に対して使い手からの注文は細かく厳しいが、いったん意にかなった道具は繰り返し研がれ、鋼が減れば鍛冶屋に持ち込まれて「先がけ」と呼ばれる補修や修理を重ねて、長い間、大切に使われてきた。
その手間からみればごく慎ましい代価で道具を作り、これまた廉価でアフターケアも請け負う鍛冶屋の仕事は、せちがらい現代社会では極めて成立しにくい業務形態と言わざるを得ない。一つの道具をこだわりをもって使い続ける人も、今ではすっかり減ってしまった。こうした逆風の中、かろうじて残った平成の鍛冶屋の多くは高齢で、後継者のあてもない。
ライター・かくまつとむと写真家・大橋弘は、鍛冶屋という職人衆や彼らが作る鉄の道具に魅了され、10年以上かけて、全国各地の鉄の匠を訪ね歩いた。そのうち若い後継者のいた家は1割程度、およそ8割が20年内外で看板をおろすだろう、という厳しい状況だ。しかし、各地で出会った鍛冶の匠たちが、来る日も来る日も鎚(つち)を振るう地味な仕事に確かな手ごたえを感じてきたことは、その真摯な表情が何よりも雄弁に伝えている。多彩な鉄の製品は、彼らの誇りのよりどころであり、地域の文化の象徴でもある。鉄という素材を巧みに操り、使い手一人ひとりに合った道具を作り出す匠たち。その姿は、ものづくりの原点とは何かを問いかけてくる。
鉄の匠を訪ねた10年の集大成『日本鍛冶紀行』の掲載写真から、何点かを紹介しよう。
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北海道の原野を耕地にするための島田鍬(しまだぐわ)。一番上の最初期型(開拓初期)は肩がせり上がった錨型。力強く打ち込むための形だったが、馬が登場するに従い、なだらかで小型になっていった。(恵庭市)
日々の仕事に使う刃物の出来の良し悪しは、使い手にとって生活のかかった重要な問題。鍛冶屋の技術は使い手からの真摯なフィードバックによって磨かれてきた。右の客は土佐備長炭の炭焼き職人。(徳島県宍喰町)
造林鎌。右の新品を大事に使い込むと、最後には左くらいになる。使い手が「この鎌で家を建てた」と言ってくれた時は鍛冶屋冥利に尽きた、と作り手は語る。
(高知県檮原町)
(高知県檮原町)
急傾斜で耕運機も使いづらい長崎市の人たちのために農耕具を中心に作ってきた鍛冶は、取材時で85歳。注文が来るとつい引き受けてしまい、この年まで店じまいできなかったと笑う。
鍛冶屋の出す指示に従って、妻がハンマーを振るい、赤く熱した鉄を叩く向う鎚(むこうづち)を務める。妻が夫の仕事を手伝う鍛冶屋は数多い。(静岡県藤枝市)
農具と漁具を3代、70年にわたって作り続けてきた島根県の鍛冶屋にて。トラックを使った販売と製作助手を務める妻は、当代にとってなくてはならない存在だ。
(大田市)
(大田市)
仕事場のすぐ前に広がる海で使われる銛(もり)。値段は千円程度。「石鯛1枚突いたら、それだけで元が取れる」と笑う鍛冶は、熱源の木炭も自ら焼いて作っている。(島根県大田市)
漁師の女房や市場関係者が使う、黒い酸化皮膜を残したままの飾りのない包丁。良く切れると評判の刃物の作り手は、薬師寺西塔の和釘を鍛えたこともある有名鍛冶。(愛媛県松山市)
取材時で88歳の鍛冶職人。東京の青梅で多摩地区の山や畑の道具、機屋(はたや)の部品、傘造り用の小刀といった多種の道具を手がける。遠く関西地方からの注文も舞い込むという。
徳島県勝浦町の鍛冶屋の仕事場。写真中央にある煙道を土で固めて防火仕様にした火床(ほど)で鉄を赤く熱し、手前の金床(かなとこ)の上で、ハンマーで叩いて成形する。
鉄をはさむ金箸が並ぶ壁の上には神棚がまつられる。鍛冶屋の神様は金屋子(かなやご)と呼ばれ、島根県にその神が舞い降りたと言い伝えられる木がある。
(鳥取県倉吉市)
(鳥取県倉吉市)
金箸は、作る道具の大きさや形に応じて鍛冶屋が自作することが多い。その他にも鉄が材料の道具、鎚(つち)や、成形作業に使うセンという道具や、ヤスリまで自家製の鍛冶も多い。
薄暗い鍛冶場の片隅で火がおこされ、鉄が赤く熱せられ、叩かれる。その繰り返しで次第に鉄が道具へと形作られていく。鍛冶屋の鍛造風景は、見飽きることがない。
ワールドムック633
鉄の匠を訪ね歩く 日本鍛冶紀行
文=かくまつとむ、写真=大橋弘
定価:1905円+税(税込価格2000円)、B5判、176ページ
発行:株式会社ワールドフォトプレス
鉄の匠を訪ね歩く 日本鍛冶紀行
文=かくまつとむ、写真=大橋弘
定価:1905円+税(税込価格2000円)、B5判、176ページ
発行:株式会社ワールドフォトプレス