毎日新聞 2015年11月05日地方版
◇手打ちで生まれる、生活刃物 熟練“野鍛冶”の技
徳島県勝浦町三渓に、現代では希少になった野鍛冶、大久保鍛冶屋がある。3代目の大久保喜正(よしまさ)さん(63)は包丁や農具、ハサミなど日常生活に関わる刃物全般を手打ちで仕上げる熟練の職人だ。道具の使い勝手は好評で、北海道や沖縄県からも注文がある。逸品を生み出す名工の仕事場を訪れた。【立野将弘】
赤く焼けた刃を素早く水に入れる大久保喜正さん=徳島県勝浦町三渓で、立野将弘撮影
カン、カン、カン……。大久保さんの自宅そばの作業場から、金属をたたく小気味良いリズムが聞こえていた。中に入ると室内は薄暗く、石炭が赤々と炉の中で輝き、4代目の長男竜一さん(32)の顔を照らす。外まで聞こえたのは、くわの刃を打ち直す音だった。「ウチは何でも作るし、修理もする。鍛冶屋の大衆食堂といったところやな」(喜正さん)
併設された販売所には、喜正さんが丹精して作った農具や和包丁が並ぶ。中でも和包丁「丸勝」は昔ながらの製法を守り、鉄と鋼を鍛接(たんせつ)する工程から始める。熱した鉄をタガネと金づちでたたいて作ったくぼみに鋼を挟み込み、鉄を打ちながら圧着させる。硬い鋼を軟らかい鉄で覆うことにより、鉄が鋼をさびから守り、丈夫で長持ちする。
この後、10以上の工程を経て包丁となるが、圧巻は赤く焼けた刃を水に入れて急冷させ、刃を硬くする「焼き入れ」だ。水に入れる時の刃の温度によって、完成時の切れ味が変わるという。
焼き入れの際は作業場の扉と窓を閉ざし、暗い室内では、焼けた炭と刃だけが光を発する。この光の加減で案配を見極めるのだ。作業場の空気が張り詰め、しばしの沈黙の後、赤く燃える刃は素早く水に入れられ、鉛色に変わる。更にゆがみの調整や研ぎを経て、1本の包丁が完成する。
喜正さんは出来上がった包丁を手に「道具は仕事を楽にするもの。楽を通り越して、楽しく使ってもらうものづくりを目指している。1人でもそう思ってくれれば、活力になるな」と語った。
取材後、大久保鍛冶屋で購入した包丁でトマトを切ってみた。力を入れなくても、刃が実に吸い込まれるような切れ味。思わず「おおっ」と声が漏れ、キャベツやタマネギの調理もリズミカルに手が進んだ。少しだけ料理が上手になった気がした。
鉄につくったくぼみに鋼を差し入れるところから包丁作りが始まった=徳島県勝浦町三渓で、立野将弘撮影
(左から)くわの刃先を微調整する4代目の竜一さん/刃に「丸勝」の銘を刻む大久保喜正さん/包丁の箱を作る大久保喜正さんの妻隆子さん。手打ちの包丁はそれぞれ大きさが異なるため、箱も手作り=いずれも徳島県勝浦町三渓で、立野将弘撮影