日本の包丁が海外で爆発的な人気となっている。全国の包丁出荷額の半分以上を占める“刃物のまち”関市には、うれしいニュースだが、生産を支える分業制は熟練職人の減少で崩れつつある。いかに質の高い製品を作り続けていくかが課題だ。
◆良く切れる薄刃
ドイツで二月十二~十六日に開かれた世界最大の見本市「アンビエンテ」のSEKI JAPANブース。その一画で、包丁で野菜を試し切りした外国人シェフが切れ味に笑みを浮かべた。一般に厚い刃で食材を叩くように切る欧米製に比べ、日本製は薄い刃で、軽く引けばスッと切れるのが特長。
今年は関市内の刃物業者七社が出展し、取引先に商品の説明や商談を行った。出展者の印象では、例年よりブースを訪れた人が多かったという。
◆熟練技の危機
関市豊川町で刃付け業を営む高井正夫さん(65)はこの道五十年の職人だ。円盤状の布やすりなどが高速回転するグラインダーが二つ並ぶ小さな工場で、包丁に命を吹き込む。
刃付け前の包丁をグラインダーにそっと当て、根元から刃先まで一定の速さで滑らせる。流れるような手つきで数秒。微細な出っ張りを取るバリ取りをした後、刃を新聞紙に当てると、スーっと真っ二つに。「極意が分かったのは、始めて十年目だったよ」
市内にはプレスや焼き入れ、研磨など各工程を分業でしている業者が多数あり、メーカーから仕事を外注で引き受ける。いずれも同じ工程を長年続けてきた熟練工がいるが、高齢化などで廃業が止まらない。約二百十事業所あるとされるが、少人数の家内制が多く、市も正確な数を把握できていない。
「刃付けは教えられてできるものじゃない。自分で考えて身に付ける根気がいるんだ」と高井さん。昔は多くいた外注の刃付け職人も、今は自分より年下の人を聞いたことがないという。「この工場も俺で終わりや」
◆ハイテクと匠
メーカーが考える今後の道筋の一つは、各工程を社内で担う「内製化」だ。県関刃物産業連合会の坂井勇平会長(67)は「ハイテクと匠(たくみ)の技の融合が重要」と指摘する。
はさみ、ポケットナイフ、包丁などを手掛ける丸章工業(関市下有知)は、一九九〇年代から各種機械を入れ、内製化を図ってきた。二〇〇〇年代に導入したレーザー加工機は、一枚の鉄板を一時間ほどで何十本もの刃材に変える。コンピューターでデザインし、すぐ形にできるのが利点。「独自性のある製品は何度も試作して調整したい。内製化でないとできません」と長谷川智広専務(41)は話す。
ただ外注に支えられている製品もあり、「全ての工程を内製化をするのは難しい」。切れ味を決める刃付けは社内で行っているが、今も手作業で匠の技は欠かせない。
坂井会長は「日本、世界が変化している。刃物業界も変化の波に乗っていく必要がある」と話す。ハイテク機械を取り入れつつ、熟練の技を次世代に伝える仕組みづくりが求められている。
(織田龍穂)
<日本の台所用刃物の輸出額> 財務省の貿易統計によると、2012年の49億3092万円から伸び続け、14年は61億6994万円、15年は76億4882万円。性能の良さやデザイン性に加え、13年の「和食」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録を受けた和食ブームが影響していると関係者は分析する。