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頑張れ!ニッポンのものづくり 加賀谷貢樹
頑張れ!ニッポンのものづくり 加賀谷貢樹
第14回『千葉の鍛冶文化を次世代に残す――「千葉県打刃物連絡会」の挑戦』
千葉の名工が一堂に会する鍛冶集団
2016年4月23日、柏市沼南商工会館(千葉県柏市)で「千葉県打刃物連絡会」の設立総会が開催された。
同会は「千葉県で伝統的な技術技法で刃物を製作する事業者が、互いに技術技法を研鑽し、継承発展させることにより、伝統ある千葉県鍛冶産業の振興をはかり、もって地域の産業・文化に寄与する」ことを目的に設立された団体で、千葉県内で鍛冶を営む中小零細企業および個人事業主11社からなる。
主な会員は次の通りだが、いずれも炎で赤めた地鉄を叩いて製品を仕上げる「総火造り」などの伝統技法を用い、手作りで鋏、包丁などの日用品や鋤、鎌などの農具を製作している名工たちだ。
【主な会員】(下の製品写真参照)
・青垣刃物製作所 青垣明好氏/流山市でゴム切り鋏(はさみ)を製作
・君万歳久光 加藤高一郎氏/館山市で5代にわたり金切鋏を製造
・(株)グリーンマウス 日和佐(ひわさ)敦氏/鎌ヶ谷市で理美容鋏を手がける
・(有)正次郎刃物工芸 石塚洋一郎氏、石塚祥二朗氏/成田市で6代にわたり、裁(た)ち鋏や包丁類を製作(千葉県指定伝統的工芸品「房総打刃物」「成田打刃物」)
・(株)五香刃物製作所(柏市) 八間川憲彦社長、八間川義人氏/幕末から明治以来、関東で作られていた「関東牛刀」と呼ばれる洋包丁の伝統を守り続けている(千葉県指定伝統的工芸品「関東牛刀」)
・梨欣也氏/館山市で80年にわたり鍬・鎌などの農具を製作
・稲坂徳太郎氏/酒々井市で鍬・鎌などの農具を製作(千葉県指定伝統的工芸品「佐倉鍛造刃物」)
・(株)矢羽根製作所 上原政則氏/柏市で鍬・鎌などの農具や解体バール等の建築工具を手がける
設立総会には会員企業11社のうち7社が出席。加えて、千葉県商工労働部観光企画課 観光事業・団体支援班の前野和久副主幹と、2016年3月まで同班に所属し、千葉県打刃物連絡会の設立に協力した野口輝久氏(現・千葉県健康福祉部障害福祉課 精神保健福祉推進班長)、体験博物館「千葉県立房総のむら」(千葉県印旛郡栄町)で千葉県の鍛冶文化の研究を手がける学芸員の芝崎浩平氏、八間川社長の友人で千葉県内のものづくりの歴史の調査に協力した水野遼太氏なども駆けつけ、会の発足を祝った。
同会の設立発起人である五香刃物製作所の八間川憲彦社長が会長に指名され、副会長には若手の日和佐氏と八間川義人氏、書記に石塚氏を選出。また出席者の中で最も年長の熟練した職人である梨氏が議長を務め、各自が自己紹介と近況報告を行ったあと、同会が目指す方向性、規約の内容などについて議論が進められた。
「80代から40代までの世代が集まっている。若手世代からすれば、大先生の世代からじかに知識を得るチャンスでもある」
「地方に住んでいると情報が極端に少なく、燃料などの入手が困難。それを情報共有いただければありがたい」
「昔、別の組合に参加していたが、閉鎖的で情報が少なかった。業種も違い世代も違うこのメンバーを見ると、今までの組合とは違う何かができるのではないか」
といった声が出席者から寄せられた。
「このままでは鍛冶文化が消えてしまう」
もともと、自分の腕を頼りに個人で活動することの多かった鍛冶職人たちが集まり、団体を設立した背景には、鍛冶文化の将来に対する危機感がある。
鍛冶の世界はいわば「精進の世界」で、「80歳になっても、これまで納得した製品は1個もない」(梨氏)というほど奥深いものがある。最近、職人の手作りによるものづくりへの理解も進んできたとはいえ、規格品・量産品の氾濫により、鍛冶屋の商売はけっして楽とはいえない。職人の高齢化も進み、技能の伝承も滞りがちななかで、八間川会長は「鍛冶文化を残したい」という思いで他の産地を回り、鍛冶屋の存続のために連携できないかを模索してきたが、思うように事は運ばなかった。
そうしたなか、県内在住で地場の伝統産業や工芸品について調べていた水野氏が、五香刃物製作所の工場と手作り刃物展示場の見学を依頼するため、八間川会長の元を訪れた。2015年3月のことである。
「もともと千葉県柏市付近には古墳時代以降の製鉄遺跡が多く、関東地方で最大規模の製鉄遺跡の集積地だといわれています。戦国時代には鍛冶が地場産業的に発展し、江戸開府で大規模な農地開拓が行われて農具の需要が増え、千葉の鍛冶はさらに隆盛しました。そして幕末頃になると江戸の鍛冶職人たちが数多く移り住むようになり、千葉に鍛冶屋が集積したのです。資料を見ていると、明治時代などに開催されたさまざまな博覧会で、千葉の刃物は高い評価を得ていたことがわかります」と水野氏は話す。
水野氏によれば、千葉県はもともと大消費地に隣接した農業地帯で、県内北西部の東葛地域の牧場、房総半島南端の安房(あわ)地域の酪農といった牧畜産業が早くから成立していた。明治8年には、宮内庁が管轄する御料牧場が現在の成田市に設置されたこともあり、西洋式の農法や各種道具の導入も全国的に早かったという。
こうした千葉県の特異性は、千葉県の鍛冶文化に大きな影響を与えたと考えられる。
「他の刃物産地や地場産業も同様ですが、各地で製造される製品はそれぞれ需要やニーズによって異なり、そこから地域の特性が生まれます。千葉県の場合は、上記の特異性の影響を受けて、(鍛冶が)牧畜文化に特化していったのではないかと思われます。
鎌や鍬は牧場や牧草地の管理に適した道具で、牛刀も名前の通り、肉食料理すなわち牧畜文化に適した道具。西洋鋏は毛織物の裁断や羊毛の刈り取り用から発展し、今日の理髪鋏や金切り鋏などにつながっているのかもしれません。
また、安房から東京までの農産物の運搬は水上運送が主だったので、木造船の需要が近代まで残り、造船用の鋸の需要も続いたとも考えられます」(水野氏)
水野氏と八間川会長が意見を交換するなかで、「こうした歴史をなくしてはならない。千葉の打刃物を国の『伝統的工芸品』に指定してもらい、次の若い世代を育てる土台を作ろうではないか」という構想が持ち上がった。
関東経済産業局ホームページの「伝統的工芸品」の解説によると、工芸品の産地組合などが申請し、
・主として日常生活の中で使われているものであること
・主要部分が手づくりであること
・伝統的な技術又は技法が守られていること
・伝統的に使用されてきた天然の原材料が用いられていること
・産地が形成されていること
といった条件を満たし、経済産業大臣から伝統的工芸品の指定を受けた産地が伝統的工芸品産業の振興計画を作成し、認定を受ければ、国や地方公共団体の助成を受けることができる。その補助対象となるのが下記などの事業だ。
・後継者育成事業
・技術・技法の記録収集・保存事業
・原材料確保対策事業
・需要開拓事業
・意匠開発事業
【補助対象者】特定製造協同組合等
(関東経済産業局ホームページ「平成28年度『伝統的工芸品産業支援補助金』の公募を開始します」による)
たとえば後継者育成事業では、「従事者の技術力向上等を目的とした研修事業」(後継者・事業者育成事業)と「従事者の技術力向上等を目的とした研修事業等」が補助対象となり、原材料確保対策事業では、「原材料の安定確保を目的とした調査事業(将来的な供給状況や代替材料の調査等)」が補助対象となる。
中小零細企業や個人事業主が伝統的工芸品の主な担い手になっている以上、産地の活性化と人材育成を進めていくうえで、こうした助成措置の存在は大きい。そのためにも、工芸品の産地組合を作ることが不可欠だった。
そこで協力を申し出たのが、千葉県の観光企画課で「千葉県指定伝統的工芸品」などを担当していた野口氏だった。野口氏は八間川会長とともに、2015年9月から12月にかけて千葉県各地で活動している鍛冶職人たちの元を訪れ、団体設立の趣旨を説明し参加を求めた。
「当初は私も、千葉県内にこれだけ多くの鍛冶職人がいるとは思っていませんでした。おそらく県民の多くも(千葉県が打刃物の産地だということを)知らなかったのではないでしょうか」と、野口氏は当時を振り返る。
千葉の打刃物をブランドに
千葉県打刃物連絡会では、国の伝統的工芸品指定に向けた準備を含め、下記などの事業を行っていく。
(1)技術技法の継承事業
①伝統的工芸品の指定申請の準備
国の伝統的工芸品の指定要件である「100年以上の伝統」を客観的に証明できる情報を収集・整理し、申請資料の作成を進める
(2)販路の開拓事業
①共同展示の充実化
2016年4月25日にオープンした大規模複合商業施設「セブンパークアリオ柏」に設置された共同展示スペースを充実させ、千葉県の打刃物の認知度向上をはかる。また前出の「千葉県立房総のむら」等と連携し、消費者に打刃物の製造工程を見学してもらい、手仕事の良さをアピールする
②大学などとの連携
販路拡大や情報発信の充実を狙い、ホームページなどを作成。学生との連携を模索している
(3)原材料の確保事業
①業者情報の調査
良質な鋼材、燃料、部材を提供する業者の情報を収集し、会員に提供する
②共同調達の試行
原材料によっては最低ロットが大きく単独会員では注文しくにいこともあるため、会員の中から希望者を募る形で共同調達を試行する
製品の質にこだわる鍛冶職人にとって、原材料の確保も大きな問題だ。たとえば現在、良質の刃物の材料に使われる高級刃物綱「安来鋼(やすきはがね)」の「白紙(しろがみ)」が入手困難になっている。最低購入ロットも大きく、中小零細事業者単独では入手が難しいが、団体による共同購入で調達の道が拓けてくる可能性がある。
前出の野口氏は、「この団体の設立をきっかけに、大規模複合商業施設『セブンパークアリオ柏』に製品の共同展示スペースもでき、千葉県はこれだけ多くの刃物が作られている産地だということを広く紹介できるようになってきました。その先に、千葉の鍛冶文化や産業が継続し、後継者も育っていく道が拓けてくるのではないでしょうか」と思いを語る。
一方、野口氏の後任である前野氏は、千葉の打刃物を観光資源として活かすなかで、産地が経済的にも潤い、存続していく仕組みを確立すべきだと訴える。
「国と県で観光政策に4年携わってきましたが、最近、外国人観光客も増えているなかで、観光資源の背景にどれだけストーリーがあるかということが大きなポイントになっています。
その点、他の産地で分業制によるものづくりが進んでいる一方、ここでは、ものづくりのすべての工程を一貫して自前で手がけているという違いがあります。また、五香刃物製作所さんの『関東牛刀』にしても、技術と伝統が途絶えそうになったとき、八間川会長の息子さんの義人さんが後を継ぎ、包丁を作り始めたというストーリーがあるわけです。
刃物は新潟県などが有名ですが、今回、産地に団体ができたことで、こうしたストーリーが千葉に数多くあるということを、もっと大きな規模でPRできるようになるでしょう。それをきっかけにして、千葉県内の人にも(千葉の打刃物について)もっと知ってもらい、触れてもらい、購入して使っていただきたい。
また幸いなことに、成田空港から少し足を伸ばせば(会員の仕事場にも)行ける距離なので、海外の方にも(千葉の打刃物を)手にしてもらい、買っていただけるようにしていきたいですね。
これから産地が後継者育成を進めていくうえで、ただ単に『伝統的工芸品を守ろう』という姿勢では難しいと思います。こういうことをやっていけば、きちんと収入にもつながり、(商売や後継者育成も)うまく回せる、というシステムを作っていく必要があると思います」
ものづくりの技術や技能を守り、伝統を守ることは、地場産業や地域の振興などに携わる人々にとっての悲願であり、社会的課題でもある。ところが、ものづくりを通じて生み出された製品が市場で売られ、ユーザーの手に届けられるものである以上、ものづくりは、市場や経済活動と切り離して存在することは不可能だ。もっと言えば、ものづくりの技術や技能、伝統はそれ単独では存続することができないし、守ることもできない。そこが忘れられてはいないか。
その意味で、ものづくりの技術や技能、伝統を守るには、自分たちが作り出す製品が、今の市場や社会にどんな価値を与えられるのか、そのなかで自分たちの技術や技能、伝統をどう活かすことができるのかという「攻めの模索」が必要だ。
事実、数百年、千年といった歴史を持つ老舗や企業はそうやって、時代時代の市場のなかで、いかに生き残るかを模索し続けてきた。守りだけではなく、攻めもあわせて――。
千葉県打刃物連絡会は、その一歩を踏み出したものと期待したい。