明日へ1min.「みちのくモノがたり」「鍛冶職人の大発明」
2016年9月30日(金) 14時54分~14時55分 NHK総合1・東京
東北の被災地に息づくキラリと光る“ものづくり”を紹介するシリーズ#03。大船渡市三陸町綾里の鍛冶職人、熊谷鈴男が試行錯誤して作った草取りカマがとにかくすごい!
【番組内容】大船渡市綾里の鍛冶職人、熊谷鈴男さんは、アワビ漁で使うカギやカキをあけるナイフなど、漁具を中心に半世紀以上製造し続けてきました。便利な道具の発明家としての顔も持ち、様々な発明品がありました。番組で取り上げた草取り用のカマもそのひとつ。実際に使ったみなさんは、大変だった草取りが楽になったと大喜びです。「人が喜ぶ物を作る」を信念に、熊谷さんは今日も便利な道具を作り続けています。(番組ディレクター)
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便利な道具をとことん追求
三陸の漁業を支えて半世紀
三陸の漁業を支えて半世紀三陸海岸の南部には、長い歳月をかけて海に浸食され、ギザギザの形になったリアス式海岸が連なる。沿岸漁業や、ワカメ、ホタテなどの養殖がとても盛んなこの土地で、漁具を中心に便利な道具を数々生み出して漁業を支えてきた男がいる。大船渡市三陸町綾里の山間で鉄工所を営む鍛冶職人、熊谷鈴男。
10代から父の元で修行を積み、鋼を硬く丈夫にする焼入れ法など、高度な鍛冶技術を習得。信条は、使いやすく、仕事の効率を上げる道具をとことん追求して作ること。地元では“便利な道具の発明家”として知られる。
漁業関係者が絶賛する熊谷の漁具
左の丸いカーブが美しい道具は、アワビ漁で使うカギ。先端にカギを付けた長いさおを海に入れ、海底のアワビをひっかけて取るアワビ漁は、漁師たちの腕の見せどころ。カギの形状と強度が漁の成果を大きく左右する。熊谷のカギは曲げの角度を研究し尽くした逸品だ。三陸では、カギが折れたり曲がったりすると鍛冶屋に修理を頼むのがいまも慣習になっている。
右の一風変わった形状の漁具は、ワカメの茎からメカブを切り取るためのカッター。熊谷が30年以上前に発明したものだ。ヒダ状のメカブを傷つけずにサッと茎から外せるため、傷みやすいメカブをスピーディーに出荷できるようになったという。地元の漁師たちも「メカブの流通を変えた発明品!」と高く評価している。
いい道具は仕事を楽にしてくれる
熊谷の発明は漁具にとどまらない。20年ほど前のある日、夫婦で草取りをしていたときに作業のあまりの辛さに驚いた熊谷。「苦痛なのは道具が悪いからに違いない。俺が思っているものを形にしよう」と、草取りに使う園芸器具の開発に着手し、足かけ3年ほどかけて独特な形をした草取り用のカマを完成させた。刃板は草刈り鎌のように緩やかに曲がり、アワビ漁のカギのように先端が細く、リアス式海岸のようにギザギザしている。
製品を前に熊谷は、「もう改良点がありません。究極の完成品だね、これは」と言って笑う。それもそのはず。熊谷はこの最終形にたどり着くまでに、最良の形状と角度を追求して100回以上も試作を重ねたのだ。縦に使えば細い刃板のおかげで土をどんどんかき起こせ、横に使えばギザギザにひっかけて草を根こそぎ取れる。大量生産はせず、1本1本焼入れをするから強度も抜群。10年以上愛用している人もいるほどだ。
震災で売上げが激減・・・再起をかけたのは?
そんな熊谷が窮地に追い込まれる。2011年3月の大津波によって三陸の漁業は大打撃を受け、その影響で漁具を中心に商売をしてきた鉄工所の売上げは一気に8割も減ってしまう。それでも熊谷は諦めなかった。草取りガマの販路を広げて漁具に代わる主力商品にしようと、全国の道の駅にターゲットを絞って、慣れない営業の電話をかけ続けた。サンプルを送ると不思議な形を見て「こんなものでは草が取れない」と断られることもあったが、熊谷は「それは差し上げますからとにかく使ってみてください。使えば悪いことないですよ」と粘った。やがて「おもしろいように草がとれる」と評判になり、北海道から沖縄まで、取り扱う店舗は日本全国へと拡大。熊谷はピンチを抜け出すことができた。
熊谷は当時を振り返って言う。「(鉄工所を)たたむってことは考えたこともない。もうこれしかないんでね。やはりこれだって思うものにとことん努力するってことが大事じゃないですかね」と。熊谷が大切にしていることは、使う人に喜んでもらう道具作り。「丈夫で長持ちすると売り上げは伸びないけれど、喜んでもらえることが一番」。熊谷の元には、「使ってみたらものすごく面白くて、隣のうちの庭まで草取りした」という手紙が届き、考案者にひと目会ってみたいという人が訪ねてくる。熊谷の鉄工所には、今日も鉄を打つ音が心地よく響く。