金属加工業が盛んな新潟県三条市に、農作業に欠かせないくわを100年以上にわたり作り続ける老舗「近藤製作所」がある。熟練の技で土質や品目、農家の好みなどに合わせた1000種類以上のくわを生み出す。農作業が本格化する春が同社の繁忙期。工場は鉄をたたく音で活気づく。
同社のくわは、コークスで約800度に熱した鉄を機械式ハンマーで打つ「鍛造(たんぞう)」で作る。刃先は日本刀と同じ軟鉄と鋼鉄を重ねた構造で、適度なしなりがあって割れにくく、長持ちするのが特徴だ。
同社は農家や産地の要望に応じてさまざまなくわを製造してきた。その形は千差万別だ。長方形の「平ぐわ」や、三つまたの「三本ぐわ」など、用途や品目に合わせた違いに加え、地域性も大きい。
「土が軟らかい関東は刃が細長く、関西は薄い刃が好みだね」と話すのは5代目の社長、近藤一歳さん(70)。工場の壁一面に掛けた、さまざまなくわの“顔”である金属部分は、全国各地の農業の多様性を示す証しでもある。
同社は農村地域でくわを作って農家に貸し、対価として農作物を受け取る「野鍛冶」がルーツだ。専門工場ならではの技術で、くわのあらゆる修理にも応じる。刃先の折れや欠けの修復を中心に、全国の農家から愛着のあるくわの修理依頼が年間2000件以上舞い込む。
埼玉県越谷市で40年以上野菜を作る葛西泰孝さん(75)は、すり減った愛用のくわの刃を継ぎ足す加工を依頼した。「買った時より立派になった」と仕上がりに喜ぶ。
高い技術力は、海外にもとどろく。昨年は英国・ロンドンでくわを展示。ガーデニングの本場である同国に、くわ作りの技術を生かした用品の輸出も始めた。近藤さんは「農家のこだわりを形にして、使い捨てではない本物の道具を作り続けたい」と力を込める。(染谷臨太郎)